オイラの英才教育 その4

2011年8月24日

『子供の漫才には一番大事な「味」がない』

 まァ、オイラはそもそも英才教育なんてものはすごく限定的なジャンルにしか通用しないもんだと思っている。 スポーツや、芸能でも楽器演奏みたいな音楽分野とかダンスぐらいじゃないかってね。

 愚の骨頂は、ガキにやらせる漫才や落語だな。 台本みたいなもんを丸暗記してしゃべらせたって、それは芸じゃない。 ガキがやってるから、客も「かわいい」って笑ってくれるだけでね。

 同じ演目をやったって、同じセリフをしゃべったって、その人の個性で笑わせることができるのが、本当の芸なんでね。 芸人の「味」っていうのは、人生でいろんな回り道をしたりして年齢を重ねないと出てこないもんなんだよ。

 やっぱり、世の中がこんなことになって、みんなニッポンの将来にも、自分の子供の将来にも不安になってるわけでね。 だからこそ、「教育」ってものをみんなが本気で考え始めてるわけでさ。

 だからこそ「夢を持ってないことはいけないことだ」なんて、押しつけはやめたほうがいい。 普通に働いて、結婚して子供を作って、普通に死んで行くってことが、いかに大変で素晴らしいことかって教えたほうがいいと思うんだよ。 そんな当たり前の生き方を、どこかでバカにしてきたヤツは多いんじゃないか。

 もう一度、ニッポン人は自分の足下見つめ直すときにきてるんだっての! 

 ジャン、ジャン! 


私が物心ついたのは昭和30年代、道路は砂利道で自転車もやっと、一家に1台・・・

自動車を持っているのは商売上必要なお店や工場

自家用車を持っていたのは、確かお医者さんだったかな?

夏は扇風機もなく、団扇のみ!

そういえば、お店がお客さんに団扇を夏のご挨拶として配っていました

学校でも夏ははだしで校庭を駆け回って・・・

最初は痛いのですが、そのうち痛くなくなって、足の皮も厚くなって

ガラスや釘も刺さったな?


そんな時代でも、それが当たり前で何一つ不自由は感じませんでした


就職したときが昭和42年4月、高卒でトランク1つで上京

その後の日本は目覚しい変化をしていきました

特に電化製品や通信機器の発達!


タケシさんや私たちの世代は、戦後の変化を体験していますので

今の世相に、何か『危うい』ものを感じるのは・・・

『歳』でしょうか・・・?